合金の状態図計算④:液体のギブスの自由エネルギーの定式化

はじめに

 前回の記事では固溶体のギブスの自由エネルギーの定式化を行いました。その際、正則溶体近似により、固溶体のギブスの自由エネルギーが凝縮エネルギー(結合エンタルピー)と配置エントロピーの和として記述できることを示しました。一方で合金は固溶体相だけではなく液相状態も取り得ます。状態図上の液相線を記述するには、液相におけるギブスの自由エネルギーが必要です。そこで今回は液相のギブスの自由エネルギーの定式化についてまとめたいと思います。

2元系合金の自由エネルギー定式化

 以下に前回導出した置換型固溶体のギブスの自由エネルギーと今回導出する液相のギブスの自由エネルギーを示します。

上図に示すように液相の自由エネルギーにも正則溶体近似が適用され、最終的には固溶体と同様、凝集エネルギーと配置エントロピーの和として書くことが出来ます。

液体のギブスの自由エネルギーの定式化

 液相は本来、結晶ではないので固溶体結晶の自由エネルギーの近似式をそのまま使うことはできません。しかし液相と固相とは各種の類似点を持っています。例えば密度が5%程度しか異ならないという事実は結晶の場合とほぼ同様に原子球がぎっしりと詰まった状態に近いことを示しています。したがって液相における原子の配置も狭い範囲についてだけ考えると結晶のように格子状に配列していると仮定することができます。これを準結晶モデルといいます。

このようなモデルを考えると固溶体に関する近似式にいくらか修正を加えるだけで、2元系液相の自由エネルギーの近似式を得ることが出来ます。

ここで改めて前回記事で求めた2元系合金の\(\alpha\)固溶体のギブスの自由エネルギーを再掲します。

\begin{align}
G^{\alpha}&=H^{\alpha}-TS^\alpha \tag{1}\\
H^{\alpha}&=^{0}\!\!\!H_{A}^\alpha \left(1- x_{B}\right)+^{0}\!\!\!H_{B}^\alpha x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{\alpha} (1-x_{B})x_{B} +\int_{0}^{T}C_{p}dT \tag{2}\\
S^\alpha&=-R\left[(1-x_{B})\log{(1-x_{B})}+x_{B}\log{x_{B}}\right] +\int_{0}^{T}\frac{C_{p}}{T}dT\tag{3}\\
\end{align}

これらの式をベースに以下の液相のギブスの自由エネルギー\(G^{L}\)へ拡張していきます。

\begin{align}
G^{L}&=H^{L}-TS^L \tag{4}\\
\end{align}

まずエンタルピー\(H^{L}\)から考えます。

液相の凝集エネルギーは固相の結晶をバラバラにするために必要なエネルギー、すなわち融解の潜熱に相当する値だけ高いと考えることができます。

従って、1モル当たりの純金属A、Bの溶融潜熱を\(L_{A},L_{B}\)とすると液相のエンタルピー\(H^{L}\)は式\((2)\)をベースに以下のように書くことが出来ます。

\begin{align}
H^{L}=&H^{\alpha}+L_{A} \left(1- x_{B}\right)+L_{B} x_{B}\\
=&^{0}\!H_{A}^\alpha \left(1- x_{B}\right)+^{0}\!\!\!H_{B}^\alpha x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{\alpha} (1-x_{B})x_{B} +\int_{0}^{T}C_{p}dT+L_{A} \left(1- x_{B}\right)+L_{B} x_{B}\\
=& \left(^{0}\!H_{A}^\alpha +L_{A}\right)\left(1- x_{B}\right)+\left(^{0}\!H_{B}^\alpha+L_{B}\right) x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{\alpha} (1-x_{B})x_{B} +\int_{0}^{T}C_{p}dT \tag{5}
\end{align}

また液体の場合、固溶体と原子間の結合度合いが変わることを踏まえると、固溶体における原子A、Bの結合によるエネルギー\(^{0}\!\Omega_{AB}^{\alpha} \)も液体向けに\(^{0}\!\Omega_{AB}^{L} \)と書き直すのが良いでしょう。

\begin{align}
H^{L}= \left(^{0}\!H_{A}^\alpha +L_{A}\right)\left(1- x_{B}\right)+\left(^{0}\!H_{B}^\alpha+L_{B}\right) x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{L} (1-x_{B})x_{B} +\int_{0}^{T}C_{p}dT \tag{6}
\end{align}

以上が液相のエンタルピーです。

次にエントロピー\(S^L\)も同様に考えます。

融点\(T_{m}\)における固溶体の潜熱\(L\)の出入りはエントロピーの変化\(\frac{L}{T_{m}}\)を伴うので、液相の熱エントロピーは固相のそれよりも\(\frac{L}{T_{m}}\)だけ高いはずです。したがって融点に近い温度では次の近似式が成立します。

\begin{align}
S^L&=S^\alpha+\frac{L}{T_{m}}\\
&=-R\left[(1-x_{B})\log{(1-x_{B})}+x_{B}\log{x_{B}}\right] +\int_{0}^{T}\frac{C_{p}}{T}dT+\frac{L}{T_{m}}\tag{6}
\end{align}

以上、式\((5),(6)\)を式\((4)\)に代入すると液相のギブスの自由エネルギー\(G^{L}\)は以下のように書けます。

\begin{align}
G^{L}=&\left(^{0}\!H_{A}^\alpha +L_{A}\right)\left(1- x_{B}\right)+\left(^{0}\!H_{B}^\alpha+L_{B}\right) x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{L} (1-x_{B})x_{B} +\int_{0}^{T}C_{p}dT \\
&+RT\left[(1-x_{B})\log{(1-x_{B})}+x_{B}\log{x_{B}}\right] -T\int_{0}^{T}\frac{C_{p}}{T}dT-T\frac{L}{T_{m}}\tag{7}\\
\end{align}

ここで溶融潜熱\(L\)と融点\(T_{m}\)との間にRichardの関係:\(L\sim RT_{m}\)が良くあてはまるので、純金属A、Bの融点を\(T_{A},T_{B}\)として上式は以下のように書き換えられます。

\begin{align}
G^{L}=& \left(^{0}\!H_{A}^\alpha +RT_{A}\right)\left(1- x_{B}\right)+\left(^{0}\!H_{B}^\alpha+RT_{B}\right) x_{B}+^{0}\!\!\Omega_{AB}^{L} (1-x_{B})x_{B} \\
&+RT\left[(1-x_{B})\log{(1-x_{B})}+x_{B}\log{x_{B}}\right]+\int_{0}^{T}C_{p}dT -T\int_{0}^{T}\frac{C_{p}}{T}dT-RT\tag{8}
\end{align}

以上が液相のギブスの自由エネルギー\(G^{L}\)の導出になります。

正則溶体近似

 式\((8)\)は固溶体の比熱\(C_{p}\)を含みます。この部分を計算するのは困難ですので、固溶体の自由エネルギーの時と同様、正則溶体近似を適用しましょう。

固溶体の時と同様、式\((8)\)の比熱を含む項を除去して、凝縮エネルギーの係数\(G_{A}^\alpha,G_{B}^\alpha\)に押し込んでしまいます。

\begin{align}
G^{L}\sim& \left(G_{A}^\alpha +RT_{A}\right)\left(1- x_{B}\right)+\left(G_{B}^\alpha+RT_{B}\right) x_{B}+\Omega_{AB}^{L} (1-x_{B})x_{B} \\
&+RT\left[(1-x_{B})\log{(1-x_{B})}+x_{B}\log{x_{B}}\right]-RT\tag{8}
\end{align}

ここで\(G_{A},G_{B},T_{A},T_{B}\)は純金属に関する値なので、これらを既知の値とみなすことが出来ます。したがって相互作用パラメーター\(\Omega_{AB}^{L} \)の値だけを求めさえすれば、A-B2元系液相の自由エネルギーを計算できるようになります。

おわりに

 今回は液相のギブスの自由エネルギーの導出についてまとめました。潜熱を考慮することで液相を表現するのはシンプルで分かりやすいのですが、ほんとにこれだけで十分なの?という気もしなくはないです。というか正則溶体近似自体かなりラフな近似なので、実際、厳密な計算をしようとすると全然十分ではないのでしょう。その辺は追々ということで…。次回はここまでに求めた固溶体と液相の自由エネルギー曲線を用いて、いよいよ実際に状態図を書いてみたいと思います。

参考文献

[1] 三浦 憲司ら, “見方・考え方 合金状態図”, オーム社, 2003/11/1
[2] 須藤 一ら, “金属組織学 (金属工学標準教科書)”, 丸善, 1972/8/1

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