フェーズフィールド法⑩:デンドライト形成のメカニズム

はじめに

 前回は純物質の凝固現象を解き、デンドライド構造が現れることを確認しました。ただ、なぜこのような複雑な形状が生じるのか、定性的なメカニズムがいまいち理解できていない気がします。そこで今回は改めて、デンドライト構造の一般的知識と形成メカニズムについてまとめておきたいと思います。

デンドライト構造とは

 そもそもデンドライト構造とはどのようなものだったか、おさらいしておきます。

 デンドライト構造とはズバリ「液体中から成長し、樹木のように枝分かれした結晶構造」を指します。最も一般的な凝固形態の一つで、よく見かける雪の結晶などもデンドライト構造の一種です。

ゾーリンゲン産の石灰表面に生じたマンガンのデンドライト(黒い部分)。下の1目盛は1mm。[3]

 特に初期段階で発生する幹の部分を1次アーム、その側面に発達する枝の部分を2次アームと呼びます。

 このデンドライド構造、いつでも生じるかというとそういうわけではありません。本来、結晶にはその結晶固有の形状を形作る性質あります。(このような性質を「晶癖(しょうへき)」といいます。)

 例えば、天然の結晶の中には水晶やエメラルドなど、しばしば規則正しい六角柱上のものが見い出されます。また、学生実験で作成したミョウバンの結晶は美しい正八面体構造を有しています。

 一般的に上記のような多角形構造は結晶をとてもゆっくり、かつ自由に成長させた場合にのみ発生します。ゆっくりと成長させることで、結晶面の欠陥部分に優先して原子を取り込むようになるため、凹凸のない形状に成長するわけです。

 これとは逆に、デンドライト構造は結晶を過冷却状から急速に成長させ場合に、金属をはじめとした様々な物質で発生します。晶癖が支配的なゆっくりとした凝固プロセスは工業分野では特殊で、現実にはデンドライド構造が発生する場合が多いようです。次節よりもう少し詳しく説明しましょう。

過冷却状態

 凝固過程における過冷却現象(supercooling)はデンドライト構造形成と密接な関係を有しています。過冷却とは物質の相転移において、変化するべき温度以下でもその状態が変化しないでいる状態を指します。今、溶融金属の温度を下げていき、凝固させるプロセスを考えましょう。

 過冷却が起きない場合、溶融金属の温度が低下して融点\(T_{m}\)に到達した時点で固体に変化し始めます。この時、凝固熱(潜熱)が発生し、周囲の冷却とつり合うことで温度は\(T_{m}\)で一定となります。その後、全てが固体に変化し、再び温度が低下し始めます。

 これに対して過冷却現象が生じる場合、融点以下になっても液体は変化せず温度が低下し続けます。そしてある過冷却温度\(T_{0}\)で凝固核が発生し、一気に固体に変化し始めます。一度、核生成が行われると過冷却から融点\(T_{m}\)に上昇し、凝固が完了するまで温度が一定となります。

 核の発生には、液体中の原子や分子が自発的に集まり発生する「均質核生成」や、液体と固体の界面(例えば、容器の壁面や不純物粒子の表面)で核が形成される「異質核生成」があります。核生成から成長してきた原子集団は結晶粒になり、隣の結晶粒とぶつかった所が結晶粒界になります。

 過冷却状態は、真の安定状態ではありませんが、大きな乱れが与えられない限り安定に存在できるような準安定状態とされています。例えば、過冷却状態の液体に外部から振動を加えると急激に核生成が進行することが知られています。

 過冷却の程度を表す量として、次式で表される過冷度\(\Delta\)があります。

\begin{align}
\Delta =\frac{c_v\left(T_{m}-T_{0}\right)}{l}\tag{1}
\end{align}

ここで\(c_{v}\)は単位体積当たりの熱容量\(\rm{[J/K\cdot m^3]}\)、\(l\)は潜熱密度\(\rm{[J/m^3]}\)を表します。すなわち過冷度とは、比熱によって計算される熱量と潜熱の比を取った無次元量です。

 過冷度が大きいほど、核生成が促進され、金属内に細かい結晶粒が形成されます。また、デンドライトの2次アームがより活発に成長するとされています。

デンドライト形成のメカニズム

 デンドライトが形成されるか、されないかは界面で発生した凝固潜熱が液相側に拡散するか、固相側に拡散するかで決まります。ここで固液界面に微小な突起構造を有する純金属の凝固プロセスおいて、過冷却状態の時とそうでない時で熱の移動方向がどのように変化するか考えましょう。

 まず過冷却状態ではない場合、固相より液相の温度のほうが高いため、固液界面では下図のような正の温度勾配を有します。したがって、固液界面から発生した凝固潜熱はより温度が低い固相側に逃げることとなります。

 この時、凝固中に界面の一部がたまたま速く成長し、温かい液相中に突き出した場合、その部分で等温線の間隔は広がり温度勾配が緩やかになります。すると潜熱の移動も小さくなるため、突起部の温度は次第に上昇していきます。

 これにより、突起部と液相の温度差は小さくなるので、界面駆動力も小さくなり突起部分の成長は止まってしまいます。その結果、周囲の平らな界面の成長に追い付かれ、突起部分は消失し、やがて平らな界面となります。

 つまり、過冷却状態ではない場合、平らな界面安定状態となります。

 これに対して、過冷却状態の場合、液相より固相の温度のほうが高いため、固液界面では下図のような、負の温度勾配を有します。したがって、固液界面から発生した凝固潜熱は、より温度が低い液相側に逃げることとなります。

 この時、冷たい液相側に突起構造が生じたとすると、その部分で等温線の間隔は狭くなり、温度勾配は急峻になります。すると潜熱の移動が大きくなるため、突起部の温度は次第に低下していきます。

 これにより、突起部と液相側の温度差はさらに大きくなるので、界面駆動力も大きくなり、突起部分は加速度的に成長していきます。ようは周囲が冷たいため、どんどん熱を逃がすことが出来るわけです。その結果、樹状の結晶構造、すなわちデンドライト構造が発生します。

 つまり、過冷却状態の場合、平らな界面は不安定状態となります。このような不安定性はマリンズ-セケルカ不安定性と呼ばれています。

 上記で仮定した微小な突起構造は、フェーズフィールド法では化学的駆動力のランダムなゆらぎによって、ある位置に偶然現れるフェーズフィールド変数の局所分布としてモデル化されます。

 以上のようにデンドライト構造は過冷却状態において、化学的駆動力のゆらぎによって生じた微小な突起構造が熱的に安定化しようと発達した結果生じる結晶構造と言えます。

おわりに

 今回はデンドライト構造形成のメカニズムについてまとめました。そのメカニズムは非常に明確に説明されており、フェーズフィールド法によってシミュレーションで再現されている点に個人的にはとても感心しました。

 一方で、本記事のデンドライト形成メカニズムは、主に純金属を対象とした熱輸送による形成メカニズムであり、合金の場合には溶質濃度の輸送によるデンドライト形成機構も存在します。この辺りは溶質分配の物理を学ばなくてはいけないので、いつか別の記事でまとめたいと思います。なかなか奥が深い…。

 次回は化学的駆動力のゆらぎをモデル上に明示的に組み込むことで様々なパラメーターでデンドライト構造のシミュレーションしてみたいと思います。

参考文献

[1] 高木 知弘ら, “フェーズフィールド法”, 養賢堂, 2012/3/2
[2] 山中 晃徳ら, “Pythonによるフェーズフィールド法入門 基礎理論からデータ同化の実装まで”, 丸善出版, 2023/12/15
[3] Wikipedia, デンドライト, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3…
[4] Wikipedia, 過冷却, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%86%B7%E5%8D%B4
[5] 福﨑技術士事務所へようこそ, 金属材料の基礎, https://www.fukuzaki-gijutsushi.com/…
[6] 安田秀幸, “凝固工学の基礎 凝固組織の成り立ちを学ぶ”, 内田老鶴圃, 2022/7/21
[7] 齋藤 幸夫, “結晶成長”, 裳華房フィジックスライブラリー, 2002/11/20
[8] 日本金属学会, “金属物性基礎講座 〈17〉 結晶成長”, 丸善出版, 1975/03

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