フェーズフィールド法⑫:2元合金の凝固

はじめに

 前回までは単体の溶融金属が固化する「純物質の凝固現象」についてシミュレーションしてきました。しかしながら、鋳造や溶接といった現実の工業プロセスにおいては、多数の金属からなる合金を取り扱うことが多いです。

 そこで今回より2つの金属元素からなる「2元合金の凝固現象」のシミュレーションについて記載していきたいと思います。特に本記事では導入として、合金の凝固を解く際に用いられる「正則溶体近似」と「WBMモデル」について概要をまとめます。

正則溶体近似

 ここまで取り扱ってきた純物質凝固は、単体の金属が液相から固相へと変化するプロセスでした。

 純物質凝固のモデルは以下の界面異方性を考慮したアレン-カーン方程式で与えられました。

\begin{align}
\frac{\partial \phi}{\partial t}&=-M_{\phi}\left[30\left(g_{S}-g_{L}\right)\phi^2\left(1-\phi\right)^2+2W\phi (1-\phi)(1-2\phi)
\right.\\
&\left. \quad\quad\quad\quad\quad-2a\left(\frac{\partial a}{\partial x} \frac{\partial \phi }{\partial x}+\frac{\partial a}{\partial y} \frac{\partial \phi }{\partial y} \right)-a^2\left(\frac{\partial ^2\phi}{\partial x^2}+\frac{\partial ^2\phi}{\partial y^2} \right)
\right.\\
&\left.\quad\quad\quad\quad\quad\quad
-\frac{\partial }{\partial x}\left( a\bar{a}k\xi \sin \left\{ k\left( \theta -\theta _0\right)\right\} \frac{\partial \phi }{\partial y}
\right)+
\frac{\partial }{\partial y}
\left(
a\bar{a}k\xi \sin \left\{ k\left( \theta -\theta _0\right)\right\} \frac{\partial \phi }{\partial x}
\right)
\right]
\tag{1}
\end{align}

 またこの時、上式右辺第一項の化学的駆動力\(g_{S}-g_{L}\)は、液相と固相の間で潜熱分のみ異なるとし、次式で定義されました。(過去記事参照) 

\begin{align}
\Delta g=g_{S}-g_{L}=l\left(\frac{T-T_{m}}{T_{m}}\right)\tag{2}\\
\end{align}

 上式のように、純物質は単一成分からなるため、化学的駆動力がシンプルに定式化できたわけです。

 一方で、今回取り扱う2元合金の凝固は、2種の金属元素からなる合金が、液相から固相へと変化するプロセスを指します。

 この場合、液相の化学的自由エネルギー密度\(g_{L}\)は

・液相状態の純粋な金属原子Aが持つ化学的自由エネルギー:\(g_{L}^{A}\)
・液相状態の純粋な金属原子Bが持つ化学的自由エネルギー:\(g_{L}^{B}\)

の関数となり、固相の化学的自由エネルギー密度\(g_{S}\)は

・固相状態の純粋な金属原子Aが持つ化学的自由エネルギー:\(g_{S}^{A}\)
・固相状態の純粋な金属原子Bが持つ化学的自由エネルギー:\(g_{S}^{B}\)

の関数となります。したがって、純物質の場合のように、単純に表現できなくなってしまいます。

 この定式化は正則溶体近似(正確には理想溶体近似)により最終的には次式のように与えられます。

\begin{align}
g_{S}=(1-x_{B})g_{A}^{S}+x_{B}g_{B}^{S}+R^{\prime}T\left[(1-x_{B})\log(1-x_{B})+x_{B}\log(x_{B})\right]\tag{3}\\
g_{L}=(1-x_{B})g_{A}^{L}+x_{B}g_{B}^{L}+R^{\prime}T\left[(1-x_{B})\log(1-x_{B})+x_{B}\log(x_{B})\right]\tag{4}\\
\end{align}

 ここで\(x_{B}\)は成分Bの濃度を表します。

 上式より化学的駆動力\(g_{S}-g_{L}\)を計算し、アレン-カーン方程式を解くことで、2元合金の凝固を解くことが出来るようになります。

WBMモデル

 純物質の凝固の場合、1元素のみであるため凝固前後でその成分に変化はなく、フェーズフィールド変数と温度のみを解きました。

 しかし、2元合金の凝固の場合、金属A,Bの濃度が凝固前後で変化するのが一般的です。例えば、「金属Aが先に固体に変化し、溶液内にはわずかな金属Aと多数の金属Bが残留する。」というような少々複雑な状況が考えられるわけです。

 したがって、2元合金の場合、従来のフェーズフィールド変数、温度に加えて「濃度」も解く必要が出てきます。

 フェーズフィールド変数は、初めは全くなかった固相領域が凝固により急速に出現するため、非保存量の方程式である「アレン-カーン方程式」(次式)を解くことで計算しました。

\begin{align}
\frac{\partial \phi}{\partial t}=-M_{\phi}\frac{\delta G}{\delta \phi} \tag{5}\\
\end{align}

 一方で、濃度は、元素が相間を移動することはあっても、突然現れることはないため、保存量の方程式である「カーン-ヒリアード方程式」(次式)を解く必要があります。

\begin{align}
\frac{\partial x_{B}}{\partial t}=\nabla\cdot\left[M_{\phi}\left(\frac{\delta G}{\delta x_{B}}\right)\right] \tag{6}\\
\end{align}

 つまり、2元合金の凝固の場合、アレン-カーン方程式、非定常熱伝導方程式、カーン-ヒリアード方程式の3つの式を連成することとなります。(簡単のため温度は一定とし非定常熱伝導方程式を解かない場合もあります。)

 以上のような解法は1991年頃にWBMモデル[4]として提案され、2元合金凝固の最も基本的なモデルの一つとされています。

おわりに

 今回は2元系合金の凝固シミュレーションの導入として、「正則溶体近似」と「WBMモデル」についてまとめました。次回記事では、正則溶体近似について、より詳細に見ていく予定です。

参考文献

[1] 高木 知弘ら, “フェーズフィールド法”, 養賢堂, 2012/3/2
[2] 山中 晃徳ら, “Pythonによるフェーズフィールド法入門 基礎理論からデータ同化の実装まで”, 丸善出版, 2023/12/15
[3] 小山 敏幸ら, “フェーズフィールド法入門 (計算力学レクチャーコース) “, 丸善出版, 2013/4/13
[4] J.A. Warren, W.J. Boettinger : “Prediction of dendritic growth and microsegregation patterns in a binary alloy using the phase-field method”. Acta Metallurgica et Materialia, Volume 43, Issue 2, February 1995, Pages 689-703

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